中間主義文献の検討

帝国主義とファシズムとスターリニズム

トロツキー/訳 西島栄

【解説】本稿は、メキシコの労働者連合(CTM)の反スターリニスト潮流の指導者であったロドリゴ・ガルシア・トレビーノの著作に対する批判的書評である。この書評の中で、トロツキーは帝国主義とファシズムとの関係について簡潔な説明を試みている。トロツキーはこの潮流が中間主義的なものであるとみなし、容赦のない批判を加えている。

 本稿は本邦初訳。

 L.Trotsky, A Contribution to Centrist Literature, Writings of Leon Trotsky(1938-39), Second Edition, Pathfinder, 1974.


 ロドリゴ・ガルシア・トレビーノ()、『ミュンヘン条約と第3インターナショナル』(講義と四つの論文)、国立経済学院マルクス主義学生協会発行、メキシコ、1838年、総頁66。

 

 このパンフレットはマルクス主義学生協会によって出版されている。その名前が示唆しているように、この協会はマルクス主義を研究することを課題としている。マルクス主義の教義が完全に堕落させられている今日においては、このような立派な目標を賞賛しないわけにはいかない。ただし、同協会がこの課題に真剣にアプローチする場合にかぎる。残念ながら、同パンフレットの序文――同協会のすべてのメンバーによって書かれその署名が付されている――は、この真剣さを証明するいかなる証拠も提供していない。

 マルクス主義のABCにまだ十分通じていない若い人々とけんかをするのは、彼ら自身が自分の知識水準を理解しているならば、適当ではないだろう。ある一定の年齢までは無知は自然であるし、学習によって克服可能なものである。しかし、偏見が無知につけ加わる場合には、そして勤勉に学習に励む代わりに他人に教えようとする場合には、問題が生じる。しかし不幸なことに、これが編者序文の特徴なのである。いくつかの原則的な誤りだけを指摘しよう。すべての誤りを列挙するのはおよそ不可能だからである。

 序文は、革命理論の発展とブルジョア社会の各発展段階とのあいだに関係性を確立しようとしている。その意図はまったく称賛に値するが、その意図を実行に移すには、ブルジョア社会の歴史とイデオロギーの歴史について知っていなければならない。筆者たちはその両者について無知である。彼らは、19世紀の半ばにブルジョアジーが「その政治権力を世界的に確立し帝国主義の段階を切り開いた」とし、まさにこの時に、マルクスとエンゲルスの労作が教義と政治の領域に現われたと述べることから始めている。最初から最後までまったく間違っている。19世紀の半ばの時点では、ブルジョアジーが「世界的規模で政治権力」を確立しているというには、まだほど遠い状況にあった。『共産党宣言』が1848年革命の前夜に書かれたという事実を忘れないでおこう。この革命の敗北の後、ドイツ・ブルジョアジーは、各地方のさまざまな王朝の圧政のもとで、全国的に分散状態にとどまった。イタリアのブルジョアジーは、自由を獲得してもいなければ、統一してもいなかった。アメリカ合衆国では、(ブルジョア的)国民国家の統一を達成するために南北戦争をまだこれから経る必要があった。ロシアでは、絶対主義と農奴制が完全に支配的であった、等々。

 さらに、帝国主義の時代が19世紀の半ばに切り開かれたということは、19世紀についても帝国主義についてもまったく理解していないことを意味する。帝国主義は、独占(金融)資本の(国内的および対外的な)経済・政治システムである。19世紀の半ばに存在したのは「自由主義的」資本主義、すなわち自由市場にもとづいた資本主義だけであり、当時にあってはそれはまだ、民主主義的政治形態の創造に向けた傾向をもっていた。トラストやカルテルやシンジケートが形成されだしたのはおおむね1870年代のはじめであり、それはしだいに支配的な地位を確立していった。帝国主義政治は、その言葉の科学的な意味においては、前世紀から今世紀への変わり目に始まったのである。もし彼らが帝国主義に関するレーニンの有名な小冊子[『帝国主義論』]を読んでいたならば、このような恐るべき誤りを犯さなくてすんだだろう。それでいながら、彼らはレーニンの名前を持ち出している。いったい全体、これはどういう意味なのだろうか?

 しかしながらこれは、一連の悲しむべき誤解の始まりにすぎない。明らかに二次資料にもとづいて、筆者たちは、帝国主義が「資本主義の最高段階」であるとするレーニンの言明を引用しつつ、レーニンを完成させ拡張しようとしている。「われわれの世代は、レーニンを再解釈して、ファシズムこそが帝国主義の最高局面、その最も高度な形態であり、ブルジョア体制の最高段階であるいう論点を確立することができる」。われわれはこのもったいぶった文章を読むと、身の毛のよだつ思いがする。「われわれの世代」は説教をする前に学習をするべきであった。帝国主義が資本主義の最高の発展段階というのは客観的な意味でである。帝国主義は生産力を、私的所有形態の基礎上で可能な最高の発展水準にもっていき、さらなる発展の道を閉ざす。そうすることで、帝国主義は資本主義的腐朽の時代を開く。さらに、生産を集中させることによって、帝国主義は社会主義経済のための最も重要な経済的前提条件をつくり出す。このように、帝国主義を資本主義の最高の発展段階として特徴づけることは、生産力発展の弁証法にもとづいており、厳密に科学的な性格を有している。

 だが、筆者たちが引き出そうとしているアナロジー的な主張、すなわち、「ファシズムは帝国主義の最高の発展段階である」はまったく経済的な内容を有していない。ファシズムは何よりも政治体制であり、資本主義の経済的腐朽の頂点を飾るものである。生産力の衰退から発生したファシズムは、生産力発展のいかなる可能性も開くことはできない。帝国主義は歴史的必然性である。マルクスはすでに独占の支配を予言していた。だがファシズムを予言することはできない。なぜならそれは、言葉の弁証法的な(機械的ではない)意味での経済的必然性によって決定されていたわけではないからである。さまざまな歴史的理由からプロレタリアートがしかるべき時に権力を奪取することができず、そしてまた、社会主義的路線に沿って立て直すために経済を手中に収めることができなかった場合に、腐朽しつつある資本主義は、ブルジョア民主主義をファシスト独裁に置きかえることによってしか自らの存続を維持することができなくなる。帝国主義が資本主義の最も進化した形態として登場するのに対し、ファシズムは退歩であり、政治的逆行であり、社会が野蛮へと転落していく始まりである。

 筆者らは、自分たちの発見(「ファシズムは帝国主義の最後の段階」)を、どの社会もそのあらゆる生産的可能性を使い果たさないうちは歴史的舞台から退くことはないとするマルクスの言葉を引用することによって証明しようとしているが、それは完全に誤っている。なぜなら、まさに帝国主義はすでに、先の世界大戦の前夜にその創造的可能性を使い果たしていたからである。ブルジョア社会はしかるべき時に舞台から退かなかった。なぜなら、時代遅れになった社会といえども、けっして自分から退きはしないからである。革命的階級がそれを転覆しなければならない。第2インターナショナルとその後の第3インターナショナルは、そうすることを妨げた。ファシズムは、このことから、もっぱらこのことから生じたのである。人類文明の現在の危機は、プロレタリア指導部の危機の結果である。革命的階級はいまだに、現代の根本問題、すなわち国際プロレタリアートによる権力獲得という問題をその指導力によって保障しうるような党を持ってはいないのである。

※  ※  ※

 帝国主義がその「究極の」(?!)段階としてファシズムに到達したということから、筆者たちは、革命理論の刷新が必要であるという結論を引き出している。彼らはこの課題を自分に課す。彼らはまず第3インターナショナルの理論の批判から始めることを提案する。どうやら彼らは、この15年間に、とりわけ中国革命(1925〜27年)以来、国際ボリシェヴィキ・レーニン主義派がこの問題に関して書き表してきた膨大な量の批判的文献についてまったく知らないようだ。序文の筆者たちは、現代の唯一のマルクス主義潮流を、まったく許しがたい無礼さと軽率さでもって取り扱っている。そこでは第4インターナショナルについてこう言われている。「われわれの意見によれば、国際問題に関してそれ[第4インターナショナル]は疑いもなく誤りを犯した。この誤りのせいで同組織は前衛グループとしての戦闘性を失ってしまった」。たったこれだけである。このような評価が思い浮かぶのは、スターリニズムのウイルスに感染した頭だけであろう。第4インターナショナルは、これまでの歴史的時期におけるすべての主要な諸事件と諸過程――ソ連のテルミドール的堕落、中国革命、ポーランドにおけるピウスツキのクーデター、ドイツにおけるヒトラーのクーデター、オーストリア社会民主党の敗北、コミンテルンの「第三期」路線、人民戦線、スペイン革命、等々――にマルクス主義的分析を与えた唯一の組織である。筆者たちはこれらすべてについていったい何を知っているというのか? 明らかにまったくのゼロである。第4インターナショナルの破産を証明するのに、彼らは何と…、トロツキーがカブレラ()とデラ・フエンテに与えた賞賛なるものを持ち出している。

 カブレラの話は、「左翼」の能無しどもが一連のモスクワ裁判を本物と信じていたときに、この慧眼な保守派の弁護士がそれらがみなでっち上げであることを見抜いたという事実にもとづいている。トロツキーは、カブレラの司法的分析がまったく正しいことに世論の注意を向けた。それだけだ! これを何らかの政治的連帯であるとみなすのは馬鹿げている。これまでのところ、わが「マルクス主義的」学生たちは、レーニンの党を破滅させたこの一連のモスクワ裁判について何も、まったく何も語っていない。このような状況のもとでカブレラの背後に隠れるというのは恥ずべきことではないか? スターリズムは、小さな子供を怖がらせるために、この種のお化けを意識的にでっち上げたものだ。カブレラ! おお何と恐ろしい! しかしながら、マルクス主義的見地からして、カブレラとトレダーノ()との相違はあまり大きなものではない。両者とも、ブルジョア社会に寄生して自らを養っており、その特徴を帯びている。だがトレダーノの方がより有害でより危険である。なぜなら、彼は社会主義の看板の背後に隠れているからである。

 デラ・フエンテに関して言えば、彼らがいったい何のことを言っているのか、まるで思い当たらない。礼儀知らずの筆者たちにぜひ説明していただきたいものだ。

 いずれにせよ、何千もの犠牲者を出した組織の歴史的役割を、まったく第二義的なジャーナリスティックなエピソードにもとづいて評価することほど、軽率で恥知らずな行為はないだろう。基本的に、序文の筆者たちは、スターリニズムの論調を採用している。問題の核心はこうである。彼らはすべての教義を「独立した」批判に付すことを提案しながら、彼らは実際には、スターリニスト官僚の腐敗した、吐き気を催すような環境に屈服しているのである。彼らは、自分たちの惨めなマルクス主義的演習を正当化するには、トロツキズムを攻撃するのが適当であると考えている。言っておかなければならないが、このような自己正当化の「方法」こそ、現代のすべての小ブルジョア知識人の特徴なのである。

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 トレビーノの寄稿(講義と論文)に関して言えば、その積極面は、彼がスターリニズムとその最悪の形態であるトレダーノ主義から距離をとろうとしている点にある。トレダーノ主義がスターリニズムの最悪の形態だというのは、それがスターリニズムの最も皮相で、最も不真面目で、最も空威張りで最も空虚な形態だからである。不幸なのは、トレビーノが、あたかも歴史が自分から始まっているかのように考え書いていることである。マルクス主義者は、諸観念・諸思想を含むすべての現象にアプローチする際に、それらの発展の歴史的文脈を踏まえる。「レーニンに帰れ!」とか「マルクスに帰れ!」と叫んでみても、ほとんど何も言ったことにはならない。今や、レーニンを脇において、つまり、レーニンの指導のもとで、マルクス主義を適用し説明し発展させるためになされた巨大な仕事に目を閉じて、マルクスに帰ることは不可能である。

 レーニンが活動できなくなって以来、すでに15年がすぎた。その月日は、世界的な諸事件の詰まった巨大な歴史的期間である! この時期、言葉の形式的な意味における「レーニン主義」は2つの翼に分裂した。寄生的なソヴィエト官僚公式のイデオロギーおよびその実践たるスターリニズムと、政敵によって「トロツキズム」と呼ばれている革命的マルクス主義とにである。すべての世界的諸事件は、この2つの理論的「フィルター」を通された。しかしながら、トレビーノは、この2つの傾向の非和解的な闘争に表現された真のイデオロギー的発展を無視することが自分の権利――マルクス主義者ではなく主観主義者の権利――であるとみなしている。彼自身はそうとは知らずにわれわれの批判の断片を利用しているが、それもずっと遅れてのことである。もちろん、この遅れそれ自体はたいした問題ではない。若い世代は、ある一定の時間差をおいて、第4インターナショナルの学校を通過しないわけにはいかない。これは問題ではない。問題は、トレビーノが自分の批判をスターリニズムの公式「教義」に順応させようとしていることである。自分の革命的思想を、世間の常識や平和主義的・社会帝国主義的俗流意見に関する友好的な「論評」に置きかえようとしていることである。彼はコミンテルンに対し、自分の善意を理解させようとしており、極右日和見主義に対する薄められたマルクス主義(中間主義)の優位性を説得しようとしている。しかし、革命家の任務は、スターリニスト官僚を再教育することではなく(それは絶望的だ!)、スターリニスト官僚に対する非妥協的な挑戦の精神で労働者を教育することである。

 ここでは、トレビーノのパンフレットについての詳しい評価に立ち入るつもりはない。なぜなら、パンフレットのすべてのページ、すべての文章にコメントしなければならなくなるからである。トレビーノは、その個々の意見が正しい場合でも間違っている。どういうことかというと、個々の正しい観察がなされている場合でも(そして、その一部はなかなか悪くない)、それらが誤った枠組みの中に、間違った展望の中に位置づけられているということである。なぜなら、この筆者は基本的に中間主義者にとどまっているからである。このような立場を大目に見ることはできない。トレビーノがただちになすべき義務は、スターリニストに対する彼の中途半端な修正と第4インターナショナルによる明確で正確な定式化とを比較することによって、自分の政治的財産を根本的に見直すことである。ここにこそ、彼が中間主義の袋小路から脱出しうる唯一の道がある。

 トレビーノが第4インターナショナル全体の評価をする中でそのあれこれの偶然的誤りを列挙するとき、そして、この運動が「反革命的」役割を果たしているという途方もない結論に到達するとき、彼は基本的に自分の過去の同盟者や同志たちに順応しようとしているのである。彼はびくびくしながら後ろを振り返ってクレムリンのボナパルティストを見ている。彼は防衛用の迷彩服を身につけている。彼は第4インターナショナルのさまざまな支部によるさまざまな二次的な性格のエピソードを批判的にコメントしているが、それらは正しい場合も間違っている場合もある(全体としては間違っている)。しかし、問題に対する彼のアプローチの仕方そのものが誤っている。真面目なマルクス主義者の課題と義務は、何が基本的で根本的なのかを判別することであり、物事の全体を捉えることであり、それにもとづいて判断を下すことである。しかしながら、われわれが憂慮しているのは、トレビーノが第4インターナショナルの文献に十分通じていないという単純な問題ではないのではないか、ということである。ディレッタンティズム、皮相さ、理論問題に対する軽視といったものが、現在、インテリゲンツィアのあいだで広まっており、自らを「マルクス主義者」とみなしている人々のあいだにさえ広まっている。これは、スターリニストを含む世界的反動による抑圧の結果である。しかし、マルクス主義的な科学的自覚に立ち戻らないかぎり、前進もありえないのである。

 ロンバルド=トレダーノが、彼にふさわしい優雅さで、第4インターナショナルの代表者がいつどこでファシズムについて書いたのかと尋ねるとき、われわれは彼を哀れんで肩をすくめることができるのみである。第4インターナショナルはファシズムに対する闘争の中から生まれ成長したのである。1929年以来、われわれは、コミンテルンが現在の「第三期」政策を続けているかぎりヒトラーが勝利するだろうと予言してきた。ボリシェヴィキ・レーニン主義者は、この問題に関しては、さまざまな言語で膨大な量の論文・パンフレット・著作を書いてきた。トレダーノがこれらのいずれも知らないとしても仕方がない。だがトレダーノはどうなのか? 自分の知らないことについて語るのは無理というものであろう。

 1933年、われわれは公然とこう宣言した。クレムリンの政治方針のせいで確保されたヒトラーの勝利からコミンテルンが何も学ばないとすれば、それはコミンテルンが死んだことを意味するだろう、と。そして、コミンテルンがヒトラーの勝利から何も学ばなかったことがわかったとき、われわれはしかるべき結論を引き出した。第4インターナショナルをつくるべきだと。民主主義者よりも無能な小ブルジョア似非マルクス主義者たちは、ファシズムに対する闘争が各種の集会や大会での美辞麗句の演説によって構成されていると思っている。ファシズムに対する真の闘争は、資本主義社会の基礎に対するプロレタリアートの階級闘争と不可分に結びついている。ファシズムは不可避的な経済段階ではない。しかし、それは単なる「偶然」ではない。堕落し完全に腐敗したプロレタリア政党が社会主義の勝利を確保することができなかったことの結果である。したがって、ファシズムに対する闘争は、何よりも、国際プロレタリアートの新しい革命的指導部のための闘争なのである。これこそが、第4インターナショナルの活動の歴史的意義である。この死後をと理解し評価することができるのはまさにこの観点からのみである!

 マルクス主義の理論的側面は、その活動的側面と不可分に結びついている。コミンテルンの腐朽によって拍車をかけられた野放図な反動の時代においては、マルクス主義者であり続けることができるのは、断固たる意志、政治的・イデオロギー的勇気、流れにこうして泳ぐ能力を有している場合のみである。トレビーノがこれらの資質を有していることをわれわれは心から望む。彼が不決断と動揺に終止符を打つならば、革命的マルクス主義の大義に重要な貢献をなすことができるだろう。

1938年11月15日

『クラーベ』1938年12月号

『トロツキー著作集 1938-39』(パスファインダー社)所収

新規、本邦初訳

  訳注

(1)トレビーノ、ロドリゴ・ガルシア……メキシコ労働者連合(CTM)の指導者で、スターリニストの組合指導部と決裂したグループの長。

(2)カブレラ、ルイス……メキシコの右派弁護士で、ユカタン半島の石油企業に雇われていた。

(3)ロンバルド=トレダーノ、ビセンテ(1893-1968)……メキシコのスターリニスト幹部でメキシコ労働者連合(CTM)の指導者。トロツキーがメキシコに亡命してから、メキシコ共産党の反トロツキー・カンパニアにおいて中心的役割を果たした。

 

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