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第1国会

第1国会選挙の模様を伝える『ニーヴァ』誌

 

第1国会で開会演説をするニコライ皇帝

(第1国会は1906年5月に召集され、立憲民主党(カデット)が多数党であった。不平等の多段階選挙で選ばれたこの国会はほとんど権力をもたず、わずか2ヵ月後には解散させられた。議会的活動の余地を持たなかったロシア自由主義は、しだいに衰退し、専制の補完物となっていく)

 「未決拘置所は人間と騒々しさにあふれていた。死刑囚も少なくなかった。テロリスト的行動と武装徴発の広範な波が国中を覆いつつあったからである。監獄内の体制は、第1国会に対する配慮もあって、自由主義的であり、日中、監房には鍵がかけられておらず、いつでも散歩に出ることができた。私たちは何時間も馬とびに熱中して楽しんだ。死刑を宣告されていた連中も、他の者たちといっしょになって、飛んだり馬になったりしていた。妻は週に2回、面会にやってきた。当直の看守補佐たちは、私たちが手紙や原稿のやりとりをするのを見てみぬふりしてくれた。その1人でかなり年配の男はとくに私たちに好意的だった。私は彼の求めに応じて、署名入りの自分の本と写真を贈呈した。『私にも専門学校に行ってる娘がおりましてな』と彼はうれしそうにささやき、ひそかに目くばせをした。ソヴィエト政権の時代になってから彼と再会したが、あの飢饉の数年間、私は彼のためにできるだけのことをした。」(『わが生涯』第15章「裁判、流刑、脱走」より)

 

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