トロツキー写真館

 

シベリア流刑中に『東方評論』で論じた作家・思想家たち(1)

ニーチェ(1844-1901)

ジュコーフスキー(1783-1852)

イプセン(1828-1906)

マクシム・ゴーリキー(1868-1936)

ハウプトマン(1862-1946)

モーパッサン(1850-1893)

レオニード・アンドレーエフ(1871-1919)

ボボルイキン(1836-1921)

 「ウスチ・クートに着くとまもなく、私はイルクーツクの新聞『東方評論』に寄稿しはじめた。それは合法的な地方紙で、流刑された古参ナロードニキによって創刊されたが、時にはマルクス主義者が実権を握ることもあった。私は流刑地の村のことをつづった通信文から寄稿を始め、その最初の掲載号をどきどきしながら待った。この通信は編集長に好評で、文芸評論や政治評論も書くようになった。

 私はペンネームを見つけるために、あてずっぽうにイタリア語の辞書を開いてみた。すると『アンチドト(解毒剤)』という単語が目に飛び込んできた。それから数年間、私は自分の論文にアンチド・オトと署名し、合法出版物にマルクス主義の解毒剤を注入してやるのだと冗談混じりに友人たちに説明した。その後、新聞は思いがけなくも、原稿料を1行あたり2コペイカから4コペイカに引き上げてくれた。これは成功を示す最高の証だった。私は農民について書き、ロシアの古典について書き、イプセン、ハウプトマン、ニーチェ、モーパッサン、エストーニエ、レオニード・アンドレーエフ、ゴーリキーについて書いた。私は原稿にペンを走らせながら、必要な思想や足りない言葉を求めて、幾晩も机の前に座っていた。私は著述家の道を歩みはじめた。」(『わが生涯』第9章「最初の流刑」より)

 

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