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 投稿者:涼風山人メール  投稿日:2005年11月17日(木)14時19分11秒
  ロシア革命が生んだ、レーニンと並ぶ偉大な巨人トロツキーの著作をこのようにインターネット・ライヴラリーとして、何時でも読める環境を提供して戴いてとても感謝します。
日中はなにかと多忙で、夜11時ころから2・3時頃まで読みふけってしまうこともあります。

60年代のほんの青春時代に読みかじった「共産党宣言」をはじめ一部の古典、それから当時、日本共産党の影響を強く受けていたがために、トロツキーを極左冒険主義とみなし、今日までトロツキーの著作に触れることがありませんでした。
ソ連邦及び東欧の社会主義が崩壊してのち、仕事の関係上もあって運動には加われず密かに「隠れ主義者」の立場で、この国の社会主義の退潮を悲しい思いで見つめてきました。

8月頃から、トロツキー研究所とこのライヴラリーサイトを読み始め、まだほんの端緒についたばかりですが、革命の殉教者たるトロツキーの透明感のある文章やその知性と洞察力の深さに触れて驚嘆の賛意を感じてしまいます。

今日、この国を覆うグローヴァリズムとは何か、真の民主主義と社会主義について、トロツキーの著作から学ぶべきことがらは始まったばかりです。
「トロツキー研究」の著作集についても、予算の都合がつき次第に全編購入を予定しています。

混迷の度合いを深めるこの国の左翼運動にとって、貴事業がこれからますます重要になってくると思います。本サイトの発展を願って。
 
 

>トロツキーにおけるコミュニズムの萌芽

 投稿者:管理人  投稿日:2005年 6月26日(日)14時36分15秒
  投稿ありがとうございます。『トロツキー研究』に論文を投稿していただきたいような力作ですね。質問のほうも楽しみにしています。  

トロツキーにおけるコミュニズムの萌芽

 投稿者:  投稿日:2005年 6月26日(日)03時33分10秒
   最近は左翼の間でも、社会主義(国有化、計画、そしてエンゲルス)の評価は極めて低いものとなっています。土地と生産手段の国有化だけでは、国家が資本家の立場に立つだけであって、賃労働は廃止されない。直接コミュニズムを目指すべきだ。マルチチュード=アウトノミアに可能性を見出すネグリや、生産‐消費協同組合のアソシエーションのグローバルな展開を主張する柄谷行人をはじめとして、ほぼこのように考えているようです。これらの実現可能性、持続可能性については、原理的な次元においてさえ疑問の余地があるのですが、しかし、現時点の資本主義社会下での運動においても既にコミュニズムの萌芽が見られるものとなっていなければならないという、彼らの考え方には大いに共感できます。
 このようなことを考えながら、ソヴェトの経済政策に関わるトロツキーの一連の著作・論文(「コミンテルン4大会」、「共産党12大会工業報告」、『新路線』、「社会主義へか資本主義へか」、「合同反対派政綱」、『裏切られた革命』など)を読んでみました。工業への重点化を訴える政策提言において、徹底して党内民主主義が主張され、しかも一見して瑣末とも思えるところまで具体的に検討が加えられていること、しかもそれが工業化の主張と一体化されていることは、もっと注目されてよいのではないかと思いました。例えば、生産の現場からの活発な意見、情報の公開性、これらに条件づけられてのゴスプランの計画、そして工場労働者への啓蒙活動というように、民主化と計画化は相互に補完的で、一方の目的のためには他方の存在が不可欠となっています。そして、プロレタリアート独裁の労働者国家を最大限利用した、世界革命後の社会主義経済建設への準備という段階での提言であるにもかかわらず、ここには部分的ながらコミュニズムの萌芽があり、それも最近の議論よりもずっと明確な萌芽があるといってよいのではないでしょうか。
 外では強力な世界市場にさらされている以上、資本=国家が存在しなければなりませんし、労働生産性に応じた賃金分配が行われているので賃労働はそのまま残っています。この点では、資本=国家の配当が平等に労働者に配られる(可能性がある)ところだけが唯一の違いです。これは過渡期経済では無理からぬことでしょう。しかし労働のあり方は大幅に異なります。かつてアーレントは名著『革命について』で、コミューン、レーテ、ソヴェトを高く評価しましたが、それは、そこに参加する者の活動が公共性の領域を切り開き、公民が統治権に直接関わることを可能にしたからです。しかしアーレントは、こうして形成された公共空間が極めてはかないものであることを示し、さらに、政治活動を得意とする者は企業経営には著しく不向きであることを指摘して、ソヴェトが示す革命的な状態は、単なる民会の場合よりも急速に消滅せざるを得ない、と言っています。さて上で触れたトロツキーの思想(というより政治的綱領)はどうでしょうか。公共空間の持続、経済活動の全域への公共空間の拡大であり、まさに「永続革命」です。アーレントは、私的領域のみが関心の的になって消費への依存を強めていく作用を持つがゆえに、「労働」に低い価値を与えたのですが、トロツキーにおいては、労働がそのままアーレントの言うところの「活動」になっていると思います。個々の工場労働者が、現場での有形無形の知識とともに経済全体や政治情勢についての知識を持って、生産現場からの意見を提示するだけでなく、ソヴェト(あるいは党)においてミクロ・マクロの政策提言を行う、というところまで具体的なイメージを持って考えていたのではないかと思います。そこで重要なのは、労働者の啓蒙であり、知識の充実化、判断力の養成、徹底的な情報公開ということになります。ここまで考えてくると、1904年のレーニン批判、十月革命時のソヴェト正統性の承認、革命直後に機関紙の担当を希望したこと、赤軍建設の方法、労働組合を「たたき直す」提言、主流派を外れて後の生活習慣に関するこまごまとした改善活動などが、一本の線で結ばれるのではないでしょうか。

 本当は計画の問題について質問する予定だったのですが、異常な長さになってしまいました。しかし、上に書いたことを前提にしないと誤解を招くような質問になると考えたため、今回はこれで投稿しようと思います。一方的な意見表明と受け取られたら申し訳ありません。本来の質問については近いうちに行う予定です。次回の「トロツキー研究」を楽しみにしております。近いテーマが扱われているので…。
 

>レーニンとスターリン

 投稿者:管理人  投稿日:2005年 6月 1日(水)02時13分25秒
  まあしょせんモロトフの回想ですから。  

レーニンとスターリン

 投稿者:岡本  投稿日:2005年 5月30日(月)19時42分34秒
  スターリン時代の外相であり、1986年まで生きた「革命の第一世代」
でもある、モロトフの回想によりますと、レーニンはスターリンより遙かに
恐ろしく、峻厳な指導者であり、いつも「同志コーバよ、お前は甘い、真の
独裁とは何か何も分かっていない!!」とどやしつけていたそうです。
どのように解釈すべきなんでしょうか?
 

>皇帝一家の処刑

 投稿者:管理人  投稿日:2005年 4月28日(木)02時30分50秒
  投稿ありがとうございます。ちょっとよくわからない点があるのですが。

「ロマノフ皇帝一家を処刑したのはいわゆるトロツキー派のボルシェヴィキだという
のは有名ですが」
このくだりですが、「いわゆるトロツキー派のボリシェヴィキ」というのは
どういう意味でしょう? 当時は内戦中で、トロツキー派も何派も
とくに存在していなかったのですが。

トロツキーがこの処刑にどのようにかかわっていたのか、というご質問ですが
トロツキーはまったく関与していません。というのも、
当時は内戦の最も激しい時期で、トロツキーはずっと前線にいたからです。
皇帝一家処刑の決断は、レーニンとスヴェルドロフによって
下されました。トロツキーはそのことを、すべてが終わった後で知りました。

トロツキーがこの件について著作で触れているかどうか、についてですが
『亡命日記』(現代思潮社)の126~130頁で詳しく触れています。
ぜひお読みください。当時の状況やトロツキーの考えがよくわかります。

あまりに酷薄な政治決断ではないか、との点ですが、
まったくその通りでしょう。しかし、トロツキー自身が『亡命日記』で
書いているように、ボリシェヴィキ政権そのものが打倒されそうになっていた
時期のことであり、もしそうなれば、ロマノフ家が再びよみがえって
王朝が再確立されたかもしれません。レーニンは、たとえ自分たちが
打倒されても、絶対にロマノフ王朝だけは復活させえないようにするために
家族もろとも殺害することにしたのです。トロツキーはこの点について
「皇帝の一家は、君主制の枢軸を成すあの原則、王位相続権の犠牲になったのだ」
と書いています。もし血のつながりによる王位相続権など存在しなかったら
家族は無論、逮捕されることもなく、内戦中も自由の身であったでしょう。
しかし、王位相続権の存在ゆえに、家族は単なる家族ではなく、
王朝の人格化たりえたのです。不幸は、ボリシェヴィキの残酷さにではなく
君主制そのものがもつ非人道性にあったのです。

最後に、最低限、裁判ぐらいするべきであったのではないか、とのことですが
トロツキー自身は裁判することを政治局内で提案していました。
レーニンも、それが実現できれば何よりだと考えていました。
しかし、白軍が目の前に迫り、数週間ないし数ヶ月のうちに
ボリシェヴィキ政権が打倒されそうな気配になったときに、
そのような悠長なことをすることはできなかったのです。
 

皇帝一家の処刑

 投稿者:沢渡  投稿日:2005年 4月27日(水)21時54分10秒
  重要なことを書き忘れました。
最低限、裁判ぐらいはすべきでしょう。
 

皇帝一家の処刑

 投稿者:沢渡  投稿日:2005年 4月27日(水)21時49分37秒
  ロマノフ皇帝一家を処刑したのはいわゆるトロツキー派のボルシェヴィキだという
のは有名ですが、この処刑の決断について、トロツキー自身はどのように係わって
いたのでしょうか。彼の著作の中にはこれに触れてる部分はあるのでしょうか?
「アナスタシア妃がかわいそう!」などというのは平和な社会にくらす、唯の一度
も飢えたこともない甘ったれた小市民の幼稚な感想にすぎないのは理解できます。
反動の中枢たるロマノフ家は帝国主義戦争で、搾取で、農奴制で、たくさんの
「かわいそう!」な人々を産みだしていました。
が、やはりそれでも、この種の酷薄なまでの政治的決断にはある種の疑問を感じ
ざるを得ません。
 

新訳での復刻について

 投稿者:管理人  投稿日:2005年 2月14日(月)13時14分26秒
   書き込みありがとうございます。
 現代思潮社のトロツキー選集はたしかに現在かなり入手困難になっています。とくに第Ⅱ期のものは結局完結することなく、途中で終了しています。しかし、復刻となるとかなり難しいですね。ましてや新訳での復刻は、力量的にも相当困難だし、また第Ⅱ期のものは基本的にロシア語原文からの翻訳がほとんどなので、新訳の独自の値打ちはかなり低いと思います。採算ベースに乗らないので出す出版社がないと思われます。
 したがって、唯一可能なのは、インターネットにアップすることですが、旧訳をそのままアップすると著作権上の問題が生じ、完全な新訳となると力量的な問題が出てきます。それでも、「総括と展望」のような重要著作については、このホームページに新訳をアップしました。それゆえ、少しずつでも新訳を作成して、インターネットにアップしていくしかないでしょう。
 とくにどの著作を読みたいのか教えていただければ、それを今後の参考にさせていただきます。
 

永続革命

 投稿者:はるひこメール  投稿日:2005年 2月14日(月)02時47分12秒
  かつて、現代思潮社からトロツキー選集Ⅰ期Ⅱ期が刊行されていましたが、今やほとんど手にはいらない状態に陥っています。とりわけ、Ⅱ期については未完で、全貌をあきらかにする必要があるように思われます。こうしたかつてのトロツキーの著作の新訳での復刻は不可能なのでしょうか。  

>ヴェイユ

 投稿者:管理人  投稿日:2004年12月21日(火)03時07分10秒
   書き込みありがとうございます。
 クロンシュタット鎮圧に関するヴェイユのトロツキー批判については、残念ながらフォローしていません(^_^;)。今度調べておきます。
 

ヴェイユ

 投稿者:  投稿日:2004年12月20日(月)19時50分21秒
  シモーヌ・ヴェイユのトロツキー批判について詳しく知りたいのですが。
確か、クロンシュタットの鎮圧に関してだったと思います。
 

>マンデル

 投稿者:管理人  投稿日:2004年12月 2日(木)01時07分8秒
  書き込みありがとうございます。

>再刊するか、電子化するとかして頂けないものでしょうか

うーん、かなり無理な注文ですね(^_^;)。再刊する権限はそもそもわれわれにはありませんし…。金もない。
電子化……。これも著作権上、難しいでしょう。その労力も並大抵ではないし。
復刊リクエストをするぐらいしか、手はないみたいですね。
 

(無題)

 投稿者:SM  投稿日:2004年12月 1日(水)19時17分48秒
  復刊リクエスト投票もされています。
http://www.fukkan.com/vote.php3?no=8461
 

マンデル『現代マルクス経済学』再刊してほしいです。

 投稿者:SM  投稿日:2004年12月 1日(水)19時15分38秒
  はじめまして。
東洋経済新報社から刊行されたマンデルの『現代マルクス経済学』は、『資本論』からの引用を殆ど無しに、マルクス経済学を理解しやすい文章で解説したとても良い本だったと思います。
しかしながら絶版で、古書としても入手が困難であります。
再刊するか、電子化するとかして頂けないものでしょうか?
 

ホームページの間違いです

 投稿者:管理人  投稿日:2004年11月26日(金)12時57分11秒
   なるほど、たしかにホームページでの日程が間違っていますね。アソシエ21事務局にさっそく連絡しておきました。
 第三月曜日が定期開催日なので、12月は20日、2月は21日、3月も21日です。
 

(無題)

 投稿者:百花繚乱メール  投稿日:2004年11月26日(金)06時40分16秒
  ホームページです。
なお、2月と3月も違っています。

http://www007.upp.so-net.ne.jp/associe21/

 

RE:無題

 投稿者:管理人  投稿日:2004年11月25日(木)23時04分33秒
  20日で正しいはずですが、「アソシエ21では」というのは、何を指しているのでしょうか? ホームページですか、チラシですか?  

(無題)

 投稿者:百花繚乱メール  投稿日:2004年11月25日(木)02時21分57秒
  12月の講習会はアソシエ21では13日(月)となっていますが、こちらでは20(月)となっています。どちらが正しのですか?  

(無題)

 投稿者:平岡  投稿日:2004年11月18日(木)00時48分43秒
  どうもありがとうございました。
私が通う大学の学科主任教授の著書に、
このフレーズがタイトルとして使われていたのです。
寺山修司の著書にも出て来たので、
教授に直接尋ねたところ、トロツキーの言葉だと聞きました。
こういった名言が絶版になってしまうのはなんだか残念な気がしますが、
古本屋さんを巡ってみたいと思います。
それでは失礼します。
 

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