第9章 エピローグ

 前章の結論的部分で表明された予言ないし懸念は、周知のように、数ヵ月後に裏づけられた。永続革命に対する批判は、ラデックにとって反対派から飛び離れるための跳躍板として役立ったにすぎない。スターリン陣営へのラデックの移行がわれわれにとってけっして予期せぬ事態ではなかったことは、本書全体が物語っているものと思う。しかし、変節にもさまざまな度合があるし、堕落にもさまざまな程度というのがある。ラデックは、その懺悔の声明の中で、スターリンの中国政策を全面的に正当化している。これは、彼が裏切りの最深部にまで堕落したことを意味している。私に残されているのはただ、政治的シニシズムの「証明書」(1)とでも言うべきラデック、プレオブラジェンスキー、スミルガの懺悔声明に対する私の回答から、若干の抜き書きをすることだけである。

 「何とかして自尊心を保とうとするすべての破産者と同じく、この3人組もまたもちろんのこと、永続革命に対する攻撃でもって自分の身を隠さないわけにはいかない。近時における日和見主義の敗北の全歴史の中で最も悲劇的な経験――すなわち中国革命――から、投降者の3人組は、それは永続革命論とは何の関係もないという安っぽい誓いをたてることによって逃れようとしている。
 ラデックとスミルガは、ブルジョア的国民党への中国共産党の従属を、蒋介石のクーデター以前においてだけでなく、それ以降においても頑強に擁護している。プレオブラジェンスキーは、政治問題においていつもそうだが、不明瞭なことを何かもぐもぐ言っている。注目すべきことは、反対派の隊列において国民党への共産党の隷属を擁護した者がすべて後に投降者になった、という事実である。自らの旗に忠実でありつづけた反対派メンバーのうち、このような汚点を身につけている者は1人もいない。『共産党宣言』が現われてから75年、ボリシェヴィキ党の創立から4半世紀たって、これらの不幸な『マルクス主義者』たちは、国民党の鳥カゴの中に共産主義者をとどめておくことを擁護することが可能であると考えているのだ! 私の非難に答えて、ラデックは当時すでに(今回の自己批判書とまったく同じように)、ブルジョア的国民党から共産党を離脱させることでプロレタリアートを農民から『孤立』させることになると言って、われわれを驚かせた。その少し前から、ラデックは広東政府を農民と労働者の政府と呼び、それによってスターリンがプロレタリアートのブルジョアジーへの隷属をごまかすのを助けた。これらの恥ずべき行動、この最新の無知と愚劣さ、マルクス主義の裏切りは、何によって覆いかくされたのか? 何によってか? 永続革命論に対する非難によってだ!
 すでに1928年2月から投降の理由を探していたラデックは、1928年のコミンテルン執行委員会2月総会の決議にただちに肩入れした。この決議は、トロツキストが敗北を敗北と呼び、勝利した中国反革命を中国革命の高度な段階と呼ばなかったことをもって清算主義者〔解党主義者〕だと非難した。この2月決議では、武装蜂起とソヴィエトの路線が宣言された。多少なりとも政治的感覚を有していて、革命的経験によって鍛えられた人々にとっては、この決議は、嫌悪すべき無責任な冒険主義の見本であった。ラデックはこれを支持したのである。
 プレオブラジェンスキーはというと、この問題に対して――ラデックよりもけっして利口なものではないが――正反対の側から接近している。中国革命は――と彼は書いている――すでに敗北した、しかも長期にわたって。新しい革命はすぐにはやって来ないだろう。だとすれば、中国問題で中間主義者とやりあうことに意味があるだろうか、と。このテーマについて、プレオブラジェンスキーは長い書簡を送ってきた。これをアルマ・アタで読んだとき、私は恥ずかしさを覚えた。いったいこれらの人々は、レーニンの学校で何を学んだのか、私は何十回となくそう自問した。プレオブラジェンスキーの前提はラデックの前提と正反対だが、結論は同じである。彼らは両方とも、メンジンスキー〔当時のゲペウ長官〕を通じてヤロスラフスキーが自分たちを友好的に迎え入れてくれることを強く望んでいる。おお、もちろん、革命のためにである。彼らほけっして出世主義者ではない。そうではない。彼らはただ無力で思想的に堕落した人間なのである。
 コミンテルン執行委員会2月総会(1928年)の冒険主義的決議に反対して、私はすでに、中国憲法制定議会のスローガンを含む民主主義のスローガンのもとに中国労働者を動員するという路線を提起した。すると、この不幸な3人組は極左主義に走った。それは実に安直で、彼らに何の義務も負わせない。民主主義のスローガン? とんでもない。『それは、トロツキーの深刻な誤りだ』。ただ中国ソヴィエトのみ。そこからただの1パーセントも割引くなかれ! 僭越ながら言わせていただくと、これ以上に愚劣なことを思いつくのは難しい。ブルジョア反動の時期におけるソヴィエトのスローガンは、子供用の玩具であり、したがってまたソヴィエトに対する愚弄である。しかし、革命の時期でさえ、すなわち、ソヴィエトを直接建設する時期においてさえ、われわれは、民主主義のスローガンを下ろさなかった。われわれは、すでに権力を獲得した現実のソヴィエトが大衆の面前で民主主義の現実的諸制度と衝突するまでは、このスローガンを下ろさなかった。このことはまさに、レーニンの言葉で言うと(俗物のスターリンとそのオウムたちの言葉ではなく)次のことをも意味する。国の発展の民主主義的段階を飛び越さない、と。
 民主主義的綱領――憲法制定議会、8時間労働、地主の土地の接収、中国の民族独立、中国を構成する諸民族の自決権――なしには、これらの政策なしには、中国共産党は、手足をしばられ、スターリン=ラデック商会に助けられて共産党に取って代わりかねない中国社会民主主義勢力に、受動的にその陣地を明け渡すことを余儀なくされるだろう。
 このように、ラデックは反対派を率いていた時から、中国革命における最も重要な点を看過していた。というのは、彼は、ブルジョア的国民党への中国共産党の従属を擁護していたからである。ラデックはさらに、広東の冒険の後には、武装蜂起の路線を支持することによって中国の反革命を看過した。ラデックは今では、反革命期と民主主義闘争を飛び越え、時間と空間を超越したソヴィエトの抽象的観念でもって過渡期の諸課題を払いのけている。その代わりラデックは、自分が永続革命とは無縁であると誓っている。それは結構なことだ。大いに慰めになる…。
 ……スターリン=ラデックの反マルクス主義理論は、中国、インド、その他東方のすべての国で国民党の実験を違った形で、だが何ら改善されていない形で繰り返すものでしかない。
 ロシア革命および中国革命の全経験にもとづいて、またこれらの革命の光に照して検証されたマルクスとレーニンの教えにもとづいて、反対派は次のように主張する。
 新しい中国革命は既存の体制を転覆し、権力を、プロレタリアート独裁の形態でのみ人民大衆の手に移行させるであろう。
 農民を後に従えて民主主義の綱領を実現するプロレタリアート独裁に対置されたところの『プロレタリアートと農民の民主主義独裁』は、一つのフィクション、自己欺瞞であり、あるいはもっと悪いことには、ケレンスキー体制か国民党体制になるだろう。
 一方の側におけるケレンスキー=蒋介石の体制と、他方の側におけるプロレタリアート独裁のあいだには、いかなる中間的な革命的体制も存在しないし、存在しえない。中間的体制の抽象的定式を持ち出す者は、東方の労働者を恥知らずに欺き、新しい破局を準備することだろう。
 反対派は東方の労働者に言う。党内の陰謀政治によって堕落した投降者たちは、スターリンが中間主義の種を蒔き、諸君の眼をふさぎ、耳を抑え、諸君の頭を不明瞭にするのを助けている。一方では諸君は、民主主義のための闘争を展開するのを禁じられることで、剥き出しのブルジョア独裁を前に無力化させられている。他方では、何らかの非プロレタリア的独裁という慰めの展望が諸君に提示されているが、それによって、国民党体制の新版が、すなわち労働者と農民の革命のさらなる破壊が準備されている。
 このような伝道者は裏切り者である。東方の労働者よ、彼らを信頼するな! 彼らを軽蔑せよ! 彼らを諸君らの隊列から追放せよ!……」

 

  訳注

(1)「証明書」……直訳すると「狼の証明書」で、革命前に危険思想を持っていることが理由で公務員や教員になれないことを示す証明書のこと。

 

 目次)(チェコ版序文)(独英版序文)(仏版序文)(序論

1章)(2章)(3章)(4章)(5章)(6章)(7章)(8章)(9章)(10章                           

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